宮城県登米市・豊里コミュニティ推進協議会

豊里にあがらいん
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豊里の歴史・文化

とよさと昔話(平筒沼のウワバミ(大蛇))


これから平筒沼に伝わるウワバミのお話しをするよ。

   ウワバミとは、大蛇(オロチ)のことなんだ。

 平筒沼の近く、竹花になにやら恐ろしげな名前の『うわばみ屋敷』と呼ばれる小高い丘が今もあるんだよ。

ここは、むかし木挽き(木こり)が住む屋敷があったんだと。

むかし、そこに住む木挽きが登米(とよま)にノコギリの刃焼きに行ったんだと。

刃焼きというのは、ノコギリを長い間使うと切れなくなってくるので、刃を焼き入れし、ヤスリで鋭く研ぐことをいうんだよ。

さて、その木挽きが登米からの帰り、平筒沼の堤防のところまで来ると、行くときにはなかった巨大な松の木が行く手を遮るように横たわっていたんだと。

 「いったいだれだ。こんなところに木を切り倒したのは・・・・。」

と言いながら、その木に手をかけて、「よっこらしょ」と跳び越えようとしたんだと。

ところが、その松の木は、ひんやりとして妙に弾力があったんだと。

「あやー、こいつぁウワバミでねえかい。」

木挽きは、肝をつぶさんばかりに驚いて、よくよくその松の木をみてみると、頭を平筒沼の方に向けて堤防をまたぎ、ウワバミが寝そべっていたんだと。

 この木挽き、剛胆な男だったらしい。よせばいいのに、刃焼きをしたてのピカピカのノコギリの切れ味をためしてみたくなった。

そして、両手に力をこめてノコギリを握り、丸太のような太い胴に元刃を引っかけて、ゴリーンと引いたんだと。

そうしたら、その太い松の木のようなウワバミの胴体から真っ赤な血が噴き出し、松の皮のような大きなうろこを数枚落として、ズルズルと地響きをたてながら沼へ入って行ったんだと。

いかに剛胆な木挽きでも、ウワバミが苦しむ様子を目の当たりにすると、恐怖のあまりガタガタと震えが止まらず、ともかくも一目散に家の方に逃げたんだと。

ところが、背後に気配を感じて振り向くと、なにやら黒い雲というか、黒いもやのような物がこっちに近づいて来るんだと。そして、その黒いもやのような物が見る見る鎌首をもたげた大蛇の姿になったように、木挽きには見えたんだと。

 「たすけてくれぇー。」

 さあ、木挽きの恐怖は頂点に達した。無我夢中で走り続け、どこをどう逃げたものか、およそ半時(約1時間)ほど逃げ回り、気がつけば保手の灰塚神社まで来ていたんだと。黒いもやは、すぐ背後に迫り、木挽きはもう夢中で庚申様の後ろにかくれたんだと。

黒いもやは、しばらく神社の周りをただよっていたが、やがてあきらめたようにどこかへ行ってしまい、やがて消えたんだと。

ところで、大蛇というのは黒金(鉱物)が猛毒だそうな。ノコギリは黒金でできており、ウワバミがそのノコギリで傷つけられたので、それが命取りになってしまった。

ウワバミは、苦しそうにズルズルと巨体をひきずり、庚申・山根地区の深山に入ってのたうちまわった後、柳の大木に頭を乗せたまま息絶えた。

それ以来、山から流れてくる沢水が不気味な七色に変色し、人々はその沢をブス沢(毒沢)とよんで、絶対飲むなと言い伝えたんだと。

さて、木挽きの方と言えば、それからは腑抜けのようになってしまい、一日中ぼんやりし、気力もなくすぐに病気になる、この辺の言葉で「もっけ病み」にかかってしまった。そうして、間もなく死んでしまったが、木挽きの一家・一族も悪いことばかりが続き、やがて死に絶えてしまったんだと。

こうして、だれ言うともなく、ウワバミのたたりとのうわさが飛び交い、やがてだれも住む人のいない、今日のような小高い丘として残っている。

ブス沢のことだが、現在は笑沢(えみさわ)という名称になっている。沢の水も長い時を経て清水となり、ブス沢では縁起も悪いので笑沢に改称されたということだ。

 


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