豊里の歴史・文化
とよさと昔話(おだまき姫)
「おだまき姫」というお話しです
室町時代後期の頃、この地方一帯は月輪六郎、七郎兄弟が治めていたところで、兄弟の住まいはその名も月輪館といった。
六郎、七郎兄弟には妹があり、その名はおだまき姫といい、おだまき姫の住まいはその名もおだまき館といった。
おだまき館には、おだまき姫とその乳母がたくさんの家来たちに守られながら暮らしていたが、ある日から夜な夜な立派な装束の若君風の男がおだまき姫を訪れるようになった。
奇怪なことに、大勢の家来が警護しているのに、その男は易々と姫のもとに忍び寄り、そのために姫は日を追うごとにやせ細り、血の気が失せていった。
生まれてすぐから姫を育て、姫の全てを知る乳母が最初に姫の異変に気がついた。
乳母が心配して、いろいろと問いただしてみると、夜も更ける頃夜な夜な男が忍んでくるという。
そこで乳母は、夜も更ける頃に部屋の戸を細めに開けて、警護の侍たちの様子を見ていると、何としたこと、警護の侍たちが一人残らず眠りこけてしまったではないか。
驚いた乳母が姫の部屋の障子をそっと覗いてみると、さらに驚いた。ゆらゆらとゆれる灯心の光で障子に写った影を見ると、姫と親しそうに話をしているのは、立派な若君風の男なのだが、その下半身は何と蛇身で、近くの柱に巻き付いている。しかも、口からはチロチ ロと紐のような舌が出入りしているではないか。
「姫が魔性のものに取り憑かれている。」
乳母は、あやうく出そうになった声を飲みこみ、ひとまず夜が明けるのを待つことにした。
翌日、乳母は大量の麻を紡ぎ、長い長い麻糸を作るとその糸に針を通して姫のもとへ持って行った。 「また今夜も忍んできたら、この針を男の袴の裾に縫い付けておやりなさい。」と言って、針を姫に渡しておいた。
そして、その夜も忍んできた男の袴の裾に、姫は乳母に言われたとおり針を縫い込んでおいた。
こうして男はすべるように帰って行き、夜が明けた。
朝になり、山のようにあった麻糸は、ほとんどなくなっていた。
乳母は、屈強な家来数人とともに麻糸をたどっていった。糸は東方の山奥へと続いており、とうとう大沢沼にたどり着いた。
そこは一帯が岩山になっていて、沼の近くにはサイカチの大木が繁っていた。大木にかくれるように気味の悪い洞窟があり、その中へ麻糸が続いている。 洞窟の中では、巨大な何かがのたうっている気配がするが、誰も恐れて入って行く者がない。後日検分することとして、この場は引き上げることにした。
ところで、大蛇というのは黒金(鉱物)が猛毒だという。針は黒金でできており、その針で傷つけられたので、それが命取りになってしまった。
おだまき館では、後日、洞窟の中を検分すると、巨大なウワバミ(大蛇)がとぐろを巻いて息絶えていたという。
何年も経つと、とぐろを巻いたまま骨になり、近くの人々はウワバミの祟りを恐れて塚を築き、これを「骨塚(こつづか)」と称して祭ったという。これが今の長根の小塚(こづか)の名の起こりで、骨塚では縁起が悪いのでそう呼ぶようになったものという。
小塚(長根付近)
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月輪兄弟の守り本尊としていた「薬師如来」像を北向きに寺の方に向かって建てた。これが「北向薬師」と言われる加々巻の薬師堂である。
本尊は一尺五寸、木仏立像で作者は不詳。
祭日は九月八日
堂は二間四方で月輪薬師堂ともよばれている。
薬師神社(加々巻地区)