宮城県登米市・豊里コミュニティ推進協議会

豊里にあがらいん
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豊里の歴史・文化

『豊里の世界遺産』第12号

豊里の世界遺産 第12号 

有形文化遺産の部 ★★(星2つ)

鴇波洗堰(鴇波地区)

豊里町では2017年から町内にある名所旧跡・郷土料理・神事や祭りを『豊里の世界遺産』として認定・顕彰しています。今回、候補に推薦されたのは、大正5年に着工し、昭和7年に完成した北上川と旧北上川を分流する歴史的な施設です。

 

北上川流域は昔から農業や物資の運搬などに北上川を利用してきました。しかし一方で洪水の度に甚大な被害が出るなど、下流の旧北上川流域では1600年以降113回の洪水が発生しています。北上川流域の洪水被害は、堤防が破壊され被害が拡大する、本川の洪水が支川に逆流し氾濫する、洪水後すぐには減水せず農作物が採れなくなる、など深刻でした。明治時代にも大規模な洪水が発生し、1910年(明治43年)の二度の大洪水を受けて、政府は北上川下流の改修工事に乗り出します。柳津から飯野川間12kmを開削し洪水時には新旧二つの河川に分流するように工事は行われました。この北上川第一期改修工事(1911年~1934年)において新たに開掘されたのが現在の北上川本川です。同時に、北上川本川と旧北上川に計画的に分水するための施設として脇谷洗堰とともに建設されたのが鴇波洗堰で、1947年のカスリン台風、1948年のアイオン台風の被害の後には、旧北上川への分水量を調節するため、鴇波水門も併設されました。

 

 

 

洗堰の構造はいたって単純で、普段はダムのようにして自然に流れる水量だけを流していますが、水量が非常に多いときは、この堰の上を超えて水が流れる固定堰となっています。大きさは延長37.0m、水通し部は各門幅0.94m、高さ1.35mで18門あります。水流を一定量分水するためのオリフィス構造を持ち合わせていることで、現在では全国的にも貴重で価値のある構造とされています。

初夏には天然の鮎漁、秋には遡上する鮭漁が盛んで、今回、『豊里の人間国宝』第12号に推薦された鴇波行政区の武山辰雄さんはじめ、何人かの漁師の方が叉手網(さであみ)という大きな網を使った伝統的な漁法で鮭を捕獲しておられます。

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